思考社
いんふるえんす我丞の情報発信基地。
『見たくない私と、言いたくない君の話』
「見たくない私」はメドゥーサの瞳を持つ魔女。
その瞳は他人を害するゆえに、魔女は自分の瞳を失うことにする。
物理的に閉ざされた視界。頼りになるのは聴覚。
失った視覚情報を補うように、魔女は沈黙さえ読み解くようになる。
やがて魔女のわかることは視界よりも遠く、聴覚の範囲に及んだ。
「言いたくない君」の仕事は守番。
他人に知られては困る事が多い、秘密の多い仕事だ。
何を守っているのか、どのように守っているのか、何の為に守っているのか。
言ってはならない事、言いたくない事が多い。多い。
それゆえ、守番は口を閉ざすのが習いになった。
魔女が瞳を失った時、守番は喜んだ。
言葉のない自分の存在は魔女の世界から消え去った!
ところが魔女は、何も言わない守番の沈黙を読み解くようになる。
ついに魔女は、知られては困る事を知るようになった。
守番はわけがわからない。
わからないのだ。なぜ、魔女がそのことを知っているのか。
だからわかることに執着した。
わかることは何か。
守番が唯一魔女に関してわかることは、魔女を殺さなくてはならないということだ。
それが、守番の仕事だからだ。
守番は仕事を終えた。
なすべき、とされたことは皆終えた。
魔女はこの世界から消え去った。
守番はどうなったか。安堵したか。
いいや、全く。
自分が黙ったところで、
魔女の視界が消えたところで、
音が届かなくなったところで、
そんなものは役に立たない。
魔女はどこかで、守番の沈黙を読み解いているに違いないからだ。
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先輩の朝
久しぶりに見たその人は、
ゾンビのような顔をして歯を磨いていた。
「先輩、大丈夫すか。死にそうですよ」
そういう自分も、人の事は言えない顔だが。
鬱積した文字に曇ったコンタクトを外し、先輩は上を向いた。
「死体袋が歩くよりマシだろ」
見つめる瞳に映る草食獣と瞳そのものについての対話
「ねえライオン、どうしてガゼルは僕から逃げるんだい?」
それに対しライオンは、君が肉食でガゼルが草食獣だからだ。
なんてありきたりな事は言いませんでした。
「そうだなぁ、逃げる理由があるからじゃないのかね」
問いかけた方は、ふむ、と冷静になって考えを整理し始めました。
「とにかく彼女は、僕を見さえすれば驚くんだ。逃げるんだ。」
「ほう」
ライオンは、聞いている証拠に一つあいづちを返します。
「僕は確かに肉食獣だが、彼女を食べようとは思ってもみない。
もちろん爪に引っかけて遊んでやろうなんて、意地の悪い事だって
考えてやしないんだ。」
「でもガゼルは逃げるんだね?」
「うん。恥ずかしい、見られたくないと言いながら一目散だ」
「話を聞くに、君が危険ではないと知っている口ぶりじゃないか」
「そうかもしれない。でもだったらどうして逃げることがあるんだい?
逃げている時のガゼルはね、まるで後ろに目をつけているようでさ。300メートル先を振り返りもしないで逃げていく。でも実のところきちんと見てなんかいるわけがないだろ?だから僕は、「見られたくない」じゃなくて「見たくない」の間違いだって訂正したくなる」
こんなことばっかりさ、と低木の上にため息が生まれます。
ライオンは可笑しそうに小さく息を吐きました。
「すると君はガゼルに拒絶されているわけだ」
「ああまったく、僕の毛の抜けたしっぽや走り疲れてへばっている姿を見たくないばかりに、ガゼルは必死に逃げ続けているに違いない。きっとそうだ」
イライラと爪を立てるはしから、心地よい風が吹いてゆきます。
木陰ではライオンのふっさりと波打つたてがみが揺れます。
「ねぇ君、」
頃合いを見計らってライオンは声をかけました。
木の上からは、少し沈んだ声がおがくずと一緒に落ちてきます。
「何だいライオン」
「君はつまり、ガゼルに恋をした?」
「は?」
「だって君が300メートル先ばかり見ているんだもの」
おがくずの降ってこなくなった空を、ライオンの瞳が仰ぎます。
どうしてそんな問いになるの、とばかりに蜂蜜色の瞳が見返します。
「理由なんて、どうだっていいんだ。
ただ、追っているのは、逃げられると追いたくなるからだ」
そう言って、もう一頭の肉食獣は木から降りてきました。
「そんなことより、君はお腹が空いているんだったな。そろそろ行こうか」
一向に近づいてくる気配のないガゼルが逃げる理由を考えるのをやめて、
蜂蜜色の瞳をしたライオンは、木の下に寝そべっていたライオンを鼻づらで押しました。
起こされたライオンは、実のところガゼルが目も合わせず逃げる理由なんかどうでもよく、遠くを見つめていた蜂蜜色の瞳が綺麗なことや、隣を歩く足の裏が案外ふにふにと柔らかいことを思い出しましたが、それは口に出さないでおくことにしました。
ただひとこと、こう言いました。
「うん行こうか、狩りに」
それに対しライオンは、君が肉食でガゼルが草食獣だからだ。
なんてありきたりな事は言いませんでした。
「そうだなぁ、逃げる理由があるからじゃないのかね」
問いかけた方は、ふむ、と冷静になって考えを整理し始めました。
「とにかく彼女は、僕を見さえすれば驚くんだ。逃げるんだ。」
「ほう」
ライオンは、聞いている証拠に一つあいづちを返します。
「僕は確かに肉食獣だが、彼女を食べようとは思ってもみない。
もちろん爪に引っかけて遊んでやろうなんて、意地の悪い事だって
考えてやしないんだ。」
「でもガゼルは逃げるんだね?」
「うん。恥ずかしい、見られたくないと言いながら一目散だ」
「話を聞くに、君が危険ではないと知っている口ぶりじゃないか」
「そうかもしれない。でもだったらどうして逃げることがあるんだい?
逃げている時のガゼルはね、まるで後ろに目をつけているようでさ。300メートル先を振り返りもしないで逃げていく。でも実のところきちんと見てなんかいるわけがないだろ?だから僕は、「見られたくない」じゃなくて「見たくない」の間違いだって訂正したくなる」
こんなことばっかりさ、と低木の上にため息が生まれます。
ライオンは可笑しそうに小さく息を吐きました。
「すると君はガゼルに拒絶されているわけだ」
「ああまったく、僕の毛の抜けたしっぽや走り疲れてへばっている姿を見たくないばかりに、ガゼルは必死に逃げ続けているに違いない。きっとそうだ」
イライラと爪を立てるはしから、心地よい風が吹いてゆきます。
木陰ではライオンのふっさりと波打つたてがみが揺れます。
「ねぇ君、」
頃合いを見計らってライオンは声をかけました。
木の上からは、少し沈んだ声がおがくずと一緒に落ちてきます。
「何だいライオン」
「君はつまり、ガゼルに恋をした?」
「は?」
「だって君が300メートル先ばかり見ているんだもの」
おがくずの降ってこなくなった空を、ライオンの瞳が仰ぎます。
どうしてそんな問いになるの、とばかりに蜂蜜色の瞳が見返します。
「理由なんて、どうだっていいんだ。
ただ、追っているのは、逃げられると追いたくなるからだ」
そう言って、もう一頭の肉食獣は木から降りてきました。
「そんなことより、君はお腹が空いているんだったな。そろそろ行こうか」
一向に近づいてくる気配のないガゼルが逃げる理由を考えるのをやめて、
蜂蜜色の瞳をしたライオンは、木の下に寝そべっていたライオンを鼻づらで押しました。
起こされたライオンは、実のところガゼルが目も合わせず逃げる理由なんかどうでもよく、遠くを見つめていた蜂蜜色の瞳が綺麗なことや、隣を歩く足の裏が案外ふにふにと柔らかいことを思い出しましたが、それは口に出さないでおくことにしました。
ただひとこと、こう言いました。
「うん行こうか、狩りに」
―if― 『戦争』にリアリティーを “母の悲しみ”
「いってきます!」
元気よくランドセルを跳ねて、娘はドアを開け、出て行った。
足音がアパートの階段を降りるまで、根気よく待ってしまう。やっと1階の駐輪場へ見えた小さな身体に、出来るだけ大きく手を振った。こちらを向いて笑っている、あの笑顔が今夜どうなってしまうか考える。
「いってらっしゃい」
それ以上何も口にできなかった。
今朝も、お弁当箱に余りのハンバーグを詰めながら、口元に緊張を覚えた。
ついに、この日が来てしまった。
いまこの時、同じ時間、同じ思いで朝食やお弁当の支度をしている親が一体どれほどいるだろう。
そうした新聞の投書欄を読んだのは、数日前のことだった。
“平和のために義務を果たして”
我が子は2度目の参戦です。今朝、嫌がる子供を叱りつけ最後には「平和のため」と言い含め、親二人泣きながら見送りました。
自分が代われるものなら代わりたい。当然です。何が起こるか予想もつかない戦地へ、進んで子供を送り込む親はいないでしょう。
見送りの言葉が「お国のため」でない事、そして生きて帰ってくる事だけが、昔の親との違いです。
子供たちが実際の戦闘に参加する事はないし、外国から逃れてきた語り部の講演会に出るのでもない。日本国が最後に体験した戦争、第二次世界大戦からとうに200年は経っている今の時代、戦中・戦後世代はおろか、被テロ世代でさえ少ない。
一般人において、直接的な争いの体験は失われたと聞いている。
けれど今、国民の3分の1は戦争の記憶を持っている。
脳への刺激によって“戦争を経験する”機械が開発された。それが8年前。
1年としないうちにプログラムが始まった。
それも、子供優先で。
発表のすぐ後、ネットで教育担当大臣の会見があった。
理由は「未来を担うべき存在」だから。
当時は、誰もが信じられないと言っていた。
2度目には泣いて嫌がるという“参戦”。
一体どうしたらそんな事が出来るのかしら。
でも現に、そういうプログラムが動いている。
国民すべてに義務づけられたプログラムが。
“反戦意識”効果も出ているのだそうだ。
きっと本当の事だろう。
そっと頷く。
ひとり戻ったアパートのキッチンで、朝食の皿を水に浸し小さな茶碗を見つめた。
あの子はどうしているだろうか、と。
-if- 『戦争』にリアリティーを “戦争体験”
空気が爆ぜた。
「こっちだ、二人倒れてる!」
救護班配属になった時は、心からほっとした。
それで。
開戦してすぐ、何も感じなくなった。
土塁の上に投げられた身体を力づくで引っ張る。
重い荷物のような身体を、3人がかりでずるずると下ろす。担ぐ。2つまとめて泥濡れの担架に積む。持ち手を掴む。
徽章に添えた、生成りの縫いとりに目がいってそのまま、止まってしまう。
腕も片目も無い身体。
ああ、これ、
“かっちゃん”だ。
土まみれの親友に、肺が固まる。
「急ぐぞ」
班長の声が割り込んで、走る。
走る走る走る。
もうひとつ爆撃が来て、行く手を弾がふさぐ。
逃げる。
走る。
走る走る。
泣けてくる。
吹き飛ぶ。
運動会のゴールを目指すより強く、地面を蹴った。
指先が石を掴む。
すぐ、もうすぐ。
どうにかブロック積みの救護所へ駆け込み、最後の1ダースが銃剣を仕込むのとすれ違う。
あの人達が倒れたら、私も手榴弾を手に前線へ出ていくんだ。
しびれた腕に血流を取られ、ぼんやりと思った。走りづめのせいか、それ以上は何も考えられない。それがよかった。
「佐々木、三木、やれるな」
班長の言葉にうなずき、もう一人の気道確保を始めた。
かっちゃんの傷はもう一人が、もたもたとやりはじめる。
どこからも文句は出ない。やり方が悪いなんて、だってこいつも、たった数時間の訓練しか受けてない。
泥の手で目尻をぬぐう。
かっちゃんもそうだった。
徴収されてきた同学年のヤツらみんな、同じだと思う。
いっぱいやられて当然だ。
人工呼吸をする間、砲撃が2度あった。いまに街の方へ絨毯爆撃がくる。
まだあっちに対空砲あるかな。
マンションの地下壕は、平気?
お母さんはパートの時間で、
「佐々木、次」
三木が処置を終えて立とうとする。
がくがくする踵に重みを乗せ立つ。
そうだ、次のに行かなきゃ。
手の赤い血を、冷えたかっちゃんの服で拭った。
そして立って、歩き出した。
目を向けらんなかった。
ついに一言も話しかけなかった。
なんでだろう。
濡れたところがあったのか、頬の土が湿ってる。
もうすぐ終わる。
「こっちだ、二人倒れてる!」
救護班配属になった時は、心からほっとした。
それで。
開戦してすぐ、何も感じなくなった。
土塁の上に投げられた身体を力づくで引っ張る。
重い荷物のような身体を、3人がかりでずるずると下ろす。担ぐ。2つまとめて泥濡れの担架に積む。持ち手を掴む。
徽章に添えた、生成りの縫いとりに目がいってそのまま、止まってしまう。
腕も片目も無い身体。
ああ、これ、
“かっちゃん”だ。
土まみれの親友に、肺が固まる。
「急ぐぞ」
班長の声が割り込んで、走る。
走る走る走る。
もうひとつ爆撃が来て、行く手を弾がふさぐ。
逃げる。
走る。
走る走る。
泣けてくる。
吹き飛ぶ。
運動会のゴールを目指すより強く、地面を蹴った。
指先が石を掴む。
すぐ、もうすぐ。
どうにかブロック積みの救護所へ駆け込み、最後の1ダースが銃剣を仕込むのとすれ違う。
あの人達が倒れたら、私も手榴弾を手に前線へ出ていくんだ。
しびれた腕に血流を取られ、ぼんやりと思った。走りづめのせいか、それ以上は何も考えられない。それがよかった。
「佐々木、三木、やれるな」
班長の言葉にうなずき、もう一人の気道確保を始めた。
かっちゃんの傷はもう一人が、もたもたとやりはじめる。
どこからも文句は出ない。やり方が悪いなんて、だってこいつも、たった数時間の訓練しか受けてない。
泥の手で目尻をぬぐう。
かっちゃんもそうだった。
徴収されてきた同学年のヤツらみんな、同じだと思う。
いっぱいやられて当然だ。
人工呼吸をする間、砲撃が2度あった。いまに街の方へ絨毯爆撃がくる。
まだあっちに対空砲あるかな。
マンションの地下壕は、平気?
お母さんはパートの時間で、
「佐々木、次」
三木が処置を終えて立とうとする。
がくがくする踵に重みを乗せ立つ。
そうだ、次のに行かなきゃ。
手の赤い血を、冷えたかっちゃんの服で拭った。
そして立って、歩き出した。
目を向けらんなかった。
ついに一言も話しかけなかった。
なんでだろう。
濡れたところがあったのか、頬の土が湿ってる。
もうすぐ終わる。
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己
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我丞
性別:
非公開
職業:
人の話きく人
自己紹介:
人間27年生。
セクマイ道7年生くらい?
心理臨床とセクマイと発達凸凹を応援するよ!
ここにあることばと存在が、私のプロダクト。
見て、わからないことは聞いて。
セクマイ道7年生くらい?
心理臨床とセクマイと発達凸凹を応援するよ!
ここにあることばと存在が、私のプロダクト。
見て、わからないことは聞いて。
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